学位
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文学博士 ( 京都大学 )
2026/03/07 更新
文学博士 ( 京都大学 )
オーストリア文学会
スイス文学研究会
日本ゲーテ協会
日本独文学会
日本比較文学会
ユダヤの傷としての引用――フロイト、カフカからツェランへ
ドイツ文学研究(日本独文学会東海支部) ( 44 ) 2012年10月
「歪められた天使―ベンヤミンを読むツェラン」
『明治大学 教養論叢』 ( 459 ) 2010年10月
「廃市―ブリュージュ小景」 「ヴォルプスヴェーデの光」
詩誌『ERA』 ( 第2次5 ) 2010年9月
「『シューマンの指』を読んで」
日本独文学会ホームページ 2010年9月
「アウシュヴィッツ後の詩の可能性―アドルノと対峙するツェラン」
『明治大学 教養論叢』 2010年
「思想から詩へ―細見和之『ベンヤミン 言語一般におよび人間の言語について』」
『樹林』 ( 531 ) 2009年11月
「パウル・ツェランという傷」
『詩界』 日本詩人クラブ発行 ( 255 ) 2009年10月
「ソラリス―水の惑星」
詩誌『ERA』 ( 第2次3 ) 2009年10月
「マールバッハの小径」
『Berichte べりひて』 日本ゲーテ協会 2009年5月
「十二年」
『ラテルネ』 ( 102 ) 2009年5月
「痛々しくも輝く愛の軌跡―『バッハマン/ツェラン往復書簡集』を読む」
『朝日新聞』 夕刊文化欄 2009年3月
「ツェランという詩人の遠さと近さ」
聞き手, 細見和之
『樹林』 ( 529 ) 2009年2月
「海外詩情報 ドイツ―ディーター・M・グレーフ」
『詩と思想』 ( 268 ) 2008年11月
「円環としての言葉の道筋―ツェランの詩論『子午線』」
詩誌『ERA』 ( 第2次1 ) 2008年10月
「パウル・ツェランと映画―あるいはアウシュヴィッツの表象“不“可能性について」
『季刊 現代文学』 ( 77 ) 2008年7月
『日本文化におけるドイツ文化受容―明治末から大正期を中心に―』(関口裕昭編)
日本独文学会研究叢書 ( 53 ) 2008年6月
「日本におけるハイネ受容の系譜―感傷詩人と政治詩人のはざまで」
『日本文化におけるドイツ文化受容―明治末から大正期を中心に―』 関口裕昭編 2008年6月
「朝露のうた―ベルゲン=ベルゼン小景」
文芸同人誌『ムーンドロップ』 ( 10 ) 2008年6月
「時おり暗い時代に」―ハイネを読むツェラン
『ハイネ逍遥』 ( 1 ) 2008年5月
書評「浄められた水の言葉―ローゼ・アウスレンダー/加藤丈雄訳『雨の言葉』」
『現代詩手帳』 2008年3月
「アウシュヴィッツ以降の詩―パウル・ツェランを中心に 特集「海外詩の周辺」
『詩と思想』 ( 253 ) 2007年7月
Paul Celans Poetik des Wahns―Eine pathologische Studie zu seinen späten Gedichten―
Beiträge zur österreichischen Literatur, Jg.23 2007年4月
「パウル・ツェランへの旅」
『朝日新聞』 夕刊文化欄 2007年1月
「ハイネという傷―二〇世紀ドイツ・ユダヤ文学における受容の一側面」
『季刊 現代文学』 ( 74 ) 2006年12月
「ギュンター・アイヒにおける自然(1)―初期詩篇と詩集『雨の便り』まで―」
『愛知県立芸術大学紀要』 ( 35 ) 2006年3月
「ツェラーンとゲーテ」
『ゲーテ年鑑』 47 2005年11月
「詩作と外傷(トラウマ)―パウル・ツェラーンの精神的危機に関する文学的・精神医学的考察―」
鈴木國文
『ドイツ文学』 ( 125 ) 2005年10月
「評伝パウル・ツェラーン第10回」 盲目へと説き伏せられて(1961~1963年)
『羚』 ( 17 ) 第10章 2005年9月
「パウル・ツェラーンへの旅(5)」
『ツェラーン研究』 ( 7 ) 2005年7月
「評伝パウル・ツェラーン第9回」
『羚』 ( 16 ) 第9章 2005年6月
「評伝パウル・ツェラーン第8回」 新しい生、新しい死(1953~1957年)
『羚』 ( 15 ) 第8章 2005年3月
Lenau und Mori Ogai
国際レーナウ学会年鑑2002/03 2004年12月
「評伝パウル・ツェラーン第7回」 グラスの中の停泊地―パリ
『羚』 ( 14 ) 第7章 2004年12月
「時の「中庭」に―ツェラーンとマンデリシュターム(3)―」
『中央大学人文科学研究所紀要』 ( 51 ) 2004年10月
「評伝パウル・ツェラーン第6回」 廃墟の古都に燃える恋―ウィーン
『羚』 ( 13 ) 第6章 2004年9月
「評伝パウル・ツェラーン第5回」 青春の輝き―ブカレスト
『羚』 ( 12 ) 第5章 2004年6月
「海外詩人紹介―ギュンター・アイヒ」
『詩界』 日本詩人クラブ ( 244 ) 2004年6月
「第6回ルーマニア国際独文学会に参加して」
『ドイツ文学』 ( 115 ) 2004年4月
「評伝パウル・ツェラーン第4回」 黒い雪―破滅(1939~1944年)
『羚』 ( 11 ) 第4章 2004年3月
「評伝パウル・ツェラーン第3回」 成長―嵐の前の静けさ(1938年まで)
『羚』 ( 10 ) 第3章 2003年12月
「子午線をめぐる燕たち―ツェラーンとマンデリシュターム(2)―」
『中央大学人文科学研究所紀要』 ( 47 ) 2003年10月
「評伝パウル・ツェラーン第2回」
『羚』 ( 9 ) 第1・2章 2003年9月
「パウル・ツェラーンヘの旅(4)」
『ツェラーン研究』 ( 5 ) 2003年9月
「評伝パウル・ツェラーン第1回」 プロローグ
『羚』 ( 8 ) 2003年6月
「知られざるミッキー・マウスの過去―カルステン・ラクヴァ『ミッキー・マウス』」
『三田文学』 ( 73 ) 2003年4月
「黒土に咲く薔薇の言葉―ツェラーンとマンデリシュターム(1)―」
『中央大学人文科学研究所紀要』 ( 43 ) 2002年9月
『新しいカフカ―編集が変えるテクスト』(明星聖子著)の書評
『三田文学』 ( 68 ) 2002年7月
「パウル・ツェラーンへの旅(3)」
『ツェラーン研究』 ( 4 ) 2002年6月
「パウル・ツェラーンをめぐる人々」
『Brunnen』 ( 415 ) 2002年5月
滅びゆく文学青年への鎮魂歌―古屋健三『青春という亡霊』
『羚』 ( 3 ) 2002年4月
<天使の質料>から―ツェラーンとショーレム、あるいはブリコラージュとしての詩
『愛知県立芸術大学紀要』 ( 31 ) 2002年3月
鷗外訳レーナウ詩「月光」「あしの曲」について―訳詩集『於母影』の一側面
『芸文研究』 ( 81 ) 2001年12月
「ツェラーンとジゼル―詩人と版画家の妻との愛」
『中日新聞』 2001年7月
「パウル・ツェラーンへの旅(2)」
『ツェラーン研究』 ( 3 ) 2001年6月
「オペラ「ツェラーン」を見て」
『中日新聞』 2001年5月
「光をめぐる対話―パウル・ツェラーンとネリー・ザックス」
『愛知県立芸術大学紀要』 ( 30 ) 2001年3月
「パウル・ツェラーンへの旅(1)」
『ツェラーン研究』 日本ツェラーン協会 ( 2 ) 2000年5月
「死のメリーゴーランド―ツェラーンとバッハマン」
『オーストリア文学』 ( 16 ) 2000年3月
Hölderlin in der modernen Lyrik―Felix Philipp Ingold und die lyrische Umgebung heute.
『ドイツ文学研究』 ( 31 ) 1999年10月
「ツェラーンの遺稿詩と蔵書について」
『ツェラーン研究』 ( 創刊 ) 1999年7月
「文学と罪と私と―志賀直哉にむけて」
『三田文学』 ( 58 ) 1999年7月
「人間の彼方の歌―パウル・ツェラーンの詩と音楽」
『愛知県立芸術大学紀要』 ( 28 ) 1999年3月
彼方からの石笛の響き―坂上弘『啓太の選択』
『三田文学』 ( 55 ) 1998年11月
「パウル・ツェラーンの身体感覚」
『ドイツ文学』 ( 100 ) 1998年3月
「パウル・ツェラーンと造形芸術」
『愛知県立芸術大学紀要』 ( 27 ) 1998年3月
「ドイツ統一をめぐる抒情詩の諸相」
『ドイツ文学研究』 ( 29 ) 1997年10月
高橋和巳『邪宗門』
『三田文学』 ( 50 ) 1997年7月
「ボブロフスキーとハーマン」
『芸文研究』 ( 72 ) 1997年6月
「ボブロフスキーとサルマチアの自然―「鳥たちのいる風景」を中心に」
『研究年報』 ( 14 ) 1997年3月
ドイツにおけるゲーテ・インスティテュート夏期講習会報告(パッサウ)
『高等学校ドイツ語教育研究会会報』 ( 8 ) 1996年4月
「ツェラーンとフロイト」
『オーストリア文学』 ( 12 ) 1996年4月
「アンガージュマンとしての自然詩―フーヘルとボブロフスキーの詩的言語」
『慶應義塾大学日吉紀要ドイツ語学・文学』 ( 22 ) 1996年4月
学校紹介・慶応義塾女子高等学校
『高等学校ドイツ語教育研究会会報』 ( 7 ) 1995年4月
「ツェラーンとハイデガ―詩作と思索のあいだで」
『研究年報』 ( 12 ) 1995年3月
ほら吹き桃太郎の冒険―荻野アンナ『桃物語』
『三田文学』 ( 37 ) 1994年5月
第5回春季ゼミナール報告
『高等学校ドイツ語教育研究会会報』 ( 6 ) 1994年4月
「死の山に詣でて―トートナウベルクのパウル・ツェラーン」
『慶応義塾女子高等学校紀要』 ( 12 ) 1994年4月
『星の時間』
昴教育研究所機関紙・季刊 1994年4月
「新しい言語創造の場としての翻訳―ツェラーンのシェイクスピア・ソネット60番の翻訳をめぐって―」
『芸文研究』 ( 63 ) 1993年12月
雪に閉ざされた言葉―郷愁の詩人ヨハネス・ボブロフスキー
『三田文学』 ( 35 ) 1993年10月
Begegnung mit sich selbst―Interpretationen zur Lyrik Paul CelansⅡ
慶応義塾大学独文学研究室 『研究年報』 ( 10 ) 1993年3月
「書く」ことへの執念―坂内正『カフカの中短編』
『三田文学』 ( 32 ) 1993年2月
原風景としての自然―岡田隆彦『鴨立つ澤の』
『三田文学』 ( 31 ) 1992年11月
座談会―新生ドイツの文学状況―現代文学の可能性をめぐって
保坂一夫, 市川明, 三宅晶子, 司会, 関口裕昭
『三田文学』 ( 29 ) 1992年5月
Begegnung mit sich selbst―Interpretationen zur Lyrik Paul CelansⅠ
慶応義塾大学独文学研究室 『研究年報』 ( 9 ) 1992年3月
光の翼モーツァルト―井上太郎『モーツァルトのいる街』
『三田文学』 ( 28 ) 1992年2月
豚に乗ったかぐや姫―荻野アンナ『背負い水』
『三田文学』 ( 27 ) 1991年11月
青春という名の陥穽―佐藤泰史『移動動物園』
『三田文学』 ( 26 ) 1991年8月
「ツェラーンとヘルダーリン」
『三田文学』 ( 24 ) 1991年2月
パウル・ツェランとユダヤの傷――〈間テクスト性〉研究
( 担当: 単著)
慶應義塾大学出版会 2011年7月
『フリードリヒばあさん』
ハインツ・ヤーニッシュ文, ヘルガ・バンシュ絵, 関口裕昭訳( 担当: 単著)
光村教育図書 2010年8月
『とびだす!うごく!えほん うんちしたのはだれよ!』
ヴェルナー・ホルツヴァルト文, ヴォルフ, エールブルッフ絵, 関口裕昭訳( 担当: 単著)
偕成社 2009年10月
『エルネスト たびするいぬのものがたり』
シュトゥーアマン作, 関口裕昭訳( 担当: 単著)
フレーベル館 2009年8月
『空の飛びかた』
ゼバスティアン・メッシェンモーザー作, 関口裕昭訳( 担当: 単著)
光村教育図書 2009年4月
『ちょっとまって、きつねさん!』
カトリーン・シェーラー作, 関口裕昭訳( 担当: 単著)
光村教育図書 2008年7月
『評伝 パウル・ツェラン』
( 担当: 単著)
慶應義塾大学出版会 2007年9月
『パウル・ツェランへの旅』
( 担当: 単著)
郁文堂 2006年11月
『ツェラーンを読むということ 詩集『誰でもない者の薔薇』研究と注釈』
( 担当: 共著)
中央大学出版会 2006年3月
Bevorzugt Beobachtet. Zum Japanbild in der zeitgen?ssischen Literatur.
Martin Kubaczek, Masahiko Tsuchiya( 担当: 共著)
"Indicum Verlag, M?nchen" 2005年4月
『ツェラーンとバッハマン』
( 担当: 単著)
日本独文学会(研究叢書) 2004年9月
『詩集とマンデリシュターム』
( 担当: 単著)
日本独文学会(研究叢書) 2004年6月
「第5章 その他の詩人」 『ドイツ自然詩の系譜』
神品芳夫編( 担当: 共著)
みすず書房 2004年6月
「第16章 現代1970年以降の抒情詩」 『ドイツ詩を学ぶ人のために』
内藤道雄編( 担当: 共著)
世界思想社 2003年1月
『90年代の抒情詩―ドゥルス・グリューンバインを中心にして』
( 担当: 単著)
日本独文学会(研究叢書5) 2001年9月
「日本の現代詩―実験工房」 『日本の作曲20世紀』
( 担当: 共著)
音楽之友社 1999年7月
『ふしぎなエレベーター』
パウル・マール文, ニコラウス・ハイデルバッハ絵, 関口裕昭訳( 担当: 単著)
ほるぷ出版 1995年1月
多文化地域ブコヴィーナと初期パウル・ツェラン
山本浩司, 浜崎桂子, 土屋勝彦, 阿部賢一, 加藤有子, 亀田真澄, 沼野充義, 川満信一, 金子奈美, 中村隆之, 今福龍太, 温又柔, 林ひふみ, リービ英雄, 管啓次郎
世界文学におけるオムニフォンの諸相 2012年12月
キーファー――廃墟に舞い降りた天使
今福龍太, 多木陽介, 中山智香子, 伊藤俊治
〈多木浩二継承シンポジウム〉子供が子供であったとき――カタストロフィ・戦争・記憶の識閾 2012年9月
柏原兵三とドイツ教養小説
シンポジウム:〈エクソフォニー〉の文学――〈異郷〉と〈故郷〉のせめぎあう場 2012年5月 日本比較文学会東海支部
“Wundgelesenes. Paul Celan ubersetzt Emily Dickinson”
Barbara Wiedemann, Leopoer Federmair, Tomoko Fukuma
「翻訳者としてのパウル・ツェラン」 2010年10月 明治大学国際交流支援事業
『心の時』――インゲボルク・バッハマン/パウル・ツェラン往復書簡集の紹介と解説
バルバラ・ヴィーデマン博士解説, 関口による翻訳, 通訳
2010年10月 東京ドイツ文化センター図書館
レクチャー・コンサート 「生誕200年ローベルト・シューマン―歌曲とピアノ曲の魅力」
話, 関口裕昭, ピアノ, 掛谷勇三, 歌(バス, 戸山俊樹
2010年6月
「シューマンとハイネ――『詩人の恋 作品48』」
「生誕200年ローベルト・シューマン――言葉と音楽」 2010年5月 日本独文学会春季研究発表会
「ハイネとユーデントゥムⅠ――『バッハラッハのラビ』を中心に」
ハイネ逍遥の会 2010年2月
パウル・ツェランへの旅―写真でたどるツェランの詩と生涯
東京ドイツ文化センター 2009年11月
Die Wunde Paul Celans
Paul Celan Symposium in Bukarest 2009年9月
パウル・ツェランについて
近畿大学国際人文科学研究所四谷アート・ステュディウム「現代思想」 2009年6月
パウル・ツェランという傷
日本詩人クラブ 現代詩研究会 東京大学駒場校舎 2009年3月
Guenter Eich in China und Japan
KCTOSウィーン国際会議 2007年12月
日本におけるハイネ受容の系譜――恋愛詩人と政治詩人の間で
司会, 依岡隆児, 代表, 関口裕昭
日本独文学会春季研究発表会、シンポジウム「日本文化におけるドイツ文化受容――明治末から大正期を中心に」東京大学・駒場 2007年6月
「空気よりも軽く」――詩人としてのエンツェンスベルガーと戦後抒情詩外観
第49回ドイツ現代文学ゼミナール 2007年3月
パウル・ツェランと映像/イメージ――あるいはアウシュヴィッツの表象「不」可能性について
日本独文学会東海支部・冬季研究発表会、名古屋市立大学 2006年12月
G?nter Eich und chinesische Gedichte
アジアゲルマニスト会議 ソウル 2006年8月
ハイネという傷――20世紀におけるドイツ・ユダヤ文学の受容の一側面
日本独文学会春季研究発表会 学習院大学 2006年6月
Dichtung und Trauma―eine pathologiche Betrachtung ?ber Paul Celans Dichtung
国際独文学会パリ大会 2005年9月
詩作と外傷――パウル・ツェラーンの精神的危機に関する文学的・精神医学的考察
日本独文学会東海支部冬季研究発表会 愛知大学 2004年12月
Wege zum Steingarten-lyrische Begegnungen mit Japan
G .Eich, P. Celan, R. Kunze, D.Grunbein etc
"“Bevorzugt beobachtet”-Zum Japanbild in der zeit- gen?ssischen Literatur, Sympoion an der St?tischen Universit?t Nagoya, Institut f?r Geistwissenschaften" 2003年12月
バッハマンとツェラーン
司会, 山本浩司, 代表, 関口裕昭
日本独文学会秋季研究発表会、シンポジウム「詩人としてのバッハマン再読――没後30年を節目に」東北大学 2003年10月
『誰でもない者の薔薇』とマンデリシュターム
日本独文学会春季研究発表会、シンポジウム「すべての詩人はユダヤ人」――パウル・ツェラーン詩集『誰でもない者の薔薇』集中討議 武蔵大学 2003年5月
La poesie sauvage――Intertextualit?t bei den sp?ten Gedichten Paul Celans.
第6回国際ルーマニア・ゲルマニスト学会、シビウ/ルーマニア 2003年5月
Lenau und Ogai Mori
Internationale Lenau-Gesellschaft: Jahrestagung 2002 in Temeswar 2002年10月
Paul Celan im Kontext der modernen Musik.
司会者ハーダー, 発言者テオ・ブック, ベルトラン・バデュー, J, P.ルフェーブル他
国際パウル・ツェラーン・シンポジウム パリ国際大学 2001年5月
90年代の抒情詩―ドゥルス・グリューンバインを中心に
日本独文学会秋季研究発会、シンポジウム「喪失をめぐって―1989年以降のドイツ文学」南山大学 2000年10月
90年代の抒情詩について
第36回ドイツ現代文学ゼミナール 2000年8月
対話としての詩―ツェラーン、ザックス、マンデリシュターム
司会, 山口庸子
日本独文学会東海支部夏季研究発表会、シンポジウム「パウル・ツェラーンにおける対話の詩学」名古屋大学 2000年7月
Paul Celan im Kontext der modernen Musik
第5回国際ルーマニア・ゲルマニスト学会、ヤシ/ルーマニア 2000年5月
カンディンスキー・ゼミナール
第42回蓼科文化ゼミナール 2000年3月
音楽から見たパウル・ツェラーンの詩
日本独文学会東海支部冬季研究発表会、愛知県立大学 1998年12月
ツェラーンの遺稿詩と蔵書
日本独文学会春季研究発表会、シンポジウム「ツェラーン研究の新展開」中央大学 1998年6月
ドイツ統一をめぐる抒情詩の諸相
日本独文学会秋季研究発表会、慶應義塾大学日吉校舎 1997年9月
Dieter Wellershoff の“Zikadengeschrei”について
第28回ドイツ現代文学ゼミナール 1996年8月
ボブロフスキーとサルマチアの自然
日本独文学会春季研究発表会、シンポジウム「ドイツ現代詩における自然」 明治大学 1996年5月
リルケ『ドゥイノの悲歌』ゼミナール
第38回蓼科文化ゼミナール 1996年3月
ボブロフスキーとハーマン
日本ヘルダー学会秋季研究発表会 1995年11月
アンガージュマンとしての自然詩―フーヘルとボブロフスキーの詩的言語
日本独文学会春季研究発表会、北海道大学 1995年9月
カフカ『断食芸人』ゼミナール
第37回蓼科文化ゼミナール 1995年3月
新しい言語創造の場としての自然詩―ツェラーンのシェイクスピア・ソネット60番の翻訳をめぐって
日本独文学会春季研究発表会、学習院大学 1993年5月
沈黙の彼方の言語―ツェラーンの詩について
慶應義塾大学芸文学会 1991年6月
(レクチャーコンサート)リストのピアノ曲とその後継者たち(ピアノ・掛谷勇三 お話・関口裕昭)
掛谷勇三
2012年12月
(レクチャーコンサート)生誕200年ローベルト・シューマン――歌曲とピアノ曲の魅力(ピアノ:掛谷勇三 歌・戸山俊樹 お話・関口裕昭)
掛谷勇三, 戸山俊樹
2010年6月
「パウル・ツェラーン歌曲の夕べ」(名東文化小劇場)の企画・制作。
歌, 筧聡子, ピアノ・北住淳, お話, 関口裕昭
2002年2月
パウル・ツェラーン歌曲の夕べ(プログラム解説:作曲者、詩人紹介)
2002年2月
多和田葉子原作『サンチョ・パンサ』(劇団らせん舘+愛知県立芸術大学有志出演、長久手文化の家)の企画・制作。
2001年2月
「サンチョ・パンサ」公演プログラム 二言語の間に横たわる深淵(プログラム解説)
多和田葉子作, 劇団らせん舘演出
2001年2月
第19回連合駿台会学術賞
2013年1月
第58回産経児童出版文化賞・翻訳賞
2011年6月
第10回小野十三郎賞記念特別賞
2008年11月
第4回オーストリア文学会賞(著書の部)
2008年6月