学位
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博士(教育学) ( 2008年3月 広島大学 )
2026/03/07 更新
博士(教育学) ( 2008年3月 広島大学 )
トゥルネン=スポーツ抗争
スポーツ思想
反省的実践
学校体育論
ドイツのスポーツ組織論,ドイツの身体教育論
身体教育思想史
身体教育論
身体教育論, 身体教育思想史, ドイツのスポーツ組織論,ドイツの身体教育論, 学校体育論, 反省的実践, スポーツ思想, トゥルネン=スポーツ抗争, サッカーの思想, 遊戯運動, コンラート・コッホ, カール・ディーム, フリードリヒ・ヤーン
フリードリヒ・ヤーン
カール・ディーム
コンラート・コッホ
遊戯運動
サッカーの思想
ライフサイエンス / 体育、身体教育学 / 身体教育学(Physical Education)
広島大学 教育学研究科博士後期課程
2005年4月 - 2008年3月
国・地域: 日本国
日本スポーツ社会学会
2016年4月 - 現在
日本体育学会
日本体育・スポーツ哲学会
日本スポーツ教育学会
教育思想史学会
スポーツ言語学会
スポーツ言語学会 理事
2022年4月
団体区分:学協会
日本体育学会 体育学研究編集委員
2012年4月
団体区分:学協会
日本体育・スポーツ哲学会 理事
2011年4月
団体区分:学協会
日本体育学会 体育哲学専門領域運営委員
2007年4月
団体区分:学協会
ギラヴァンツ北九州の社会貢献活動に見る共的セクターの役割と課題 査読
二宮清純
年報体育社会学 3 15 - 26 2022年
ドイツの市民社会とブンデスリーガ―共的セクターとしての非営利法人の機能― 査読
スポーツ社会学研究 29 ( 2 ) 47 - 60 2021年9月
スポーツのメディア化によるアウラの凋落と社会変容:ジンメルの知覚論から見たベンヤミンの複製芸術論 査読
体育・スポーツ哲学研究 42 ( 1 ) 19 - 32 2020年
スポーツにおける社交の意義と可能性―ジンメル『社交の社会学』読解― 査読
体育・スポーツ哲学研究 41 ( 2 ) 17 - 29 2019年12月
スポーツにおける競争の社会的意味―ジンメルの『競争の社会学』にみる両義性― 査読
体育・スポーツ哲学研究 41 ( 2 ) 2019年12月
スポーツのテクノロジー化と身体教育の哲学―人間の体育教師には何ができるか―
体育科教育 ( 11 ) 12 - 16 2019年11月
ブンデスリーガの基本構造とRBライプチヒ-フェラインという伝統の機能-
釜崎 太
明治大学教養論集 ( 525 ) 43 - 63 2017年9月
近代ドイツの身体文化と「規律訓練」権力-トゥルネンからスポーツへ-
釜崎 太
明治大学教養論集 ( 526 ) 25 - 49 2017年9月
ビジネス時代のスポーツ公共論―ボードリヤールから,いま再びアーレントへ―
釜崎 太
体育の科学 67 ( 67 ) 559 - 563 2017年8月
人間の教師には何ができるか-ドレイファスの人工知能批判と身体教育-
明治大学教養論集 ( 512 ) 25 - 65 2016年9月
ドイツ第二帝政期におけるFußballの誕生-教養市民コンラート・コッホの理想と現実
釜崎 太
明治大学教養論集 ( 502 ) 53 - 94 2014年9月
スポーツ教育から身体教育へ
( 9 ) 14 - 17 2013年9月
体育の「反省的実践家」像を問い直す
体育科教育 10, pp.14-17 2012年10月
教員養成における『身体感性教育』の意義と課題―反省的実践家とアクション・リサーチの位置づけを中心に―
立正大学社会福祉研究所年報 14, pp.7-40 2012年3月
ドイツ国民運動の組織者フリードリヒ・ルートヴィヒ・ヤーンの役割遊戯―体操家たちの身体に刻まれた記憶―
体育・スポーツ哲学研究 33/2, pp.107-121 2012年3月
思想としての“広島”オリンピック―もうひとつの平和運動をひらく『痕跡たち』―
現代スポーツ研究 12, pp.67-78 2011年12月
制野俊弘の体育の授業実践に関する考察―運動文化論の実践プログラムを超えて―
山田辰哉, 竹石洋介
九州情報大学研究論集 13 ( 1 ) 83-91 2011年3月
コンラート・コッホの「学校遊戯」論にみるスポーツ教育の可能性―マルチノ・カタリニウム・ギムナジウムの遊戯運動と自己規律化
体育学研究 55 ( 2 ) 481-498 2010年12月
私の研究ノート:身体教育を突破口に学校改革を展望する
体育科教育 58 ( 13 ) 62-63 2010年12月
スポーツの思想はどう語られてきたか―『スポーツ思想書』解題
スポーツ評論 ( 23 ) 145-154 2010年11月
広島の身体文化史にみる「身体教育」の可能性―身体の規律・訓練を超えて―
現代スポーツ研究 ( 11 ) 34-46 2010年10月
ドイツ体操教師会議(1874-1876年)にみる遊戯論争―近代ドイツにおける「トゥルネンの改革」と「スポーツの受容」―
現代スポーツ研究 ( 11 ) 47-63 2010年10月
樋口聡(2005)「身体教育の思想」勁草書房
スポーツ教育学研究 30 ( 1 ) 49-52 2010年10月
スポーツと薬物乱用―ドーピングに考える身体教育―
現代のエスプリ ( 514 ) 76-85 2010年5月
PISA型「読解力」のためのバスケットボール教材の検討―「ゲームの心電図」と「パスの相関図」を中心に―
小笠原聖子, 竹石洋介
九州情報大学研究論集 12 ( 1 ) 181-199 2010年3月
コンラート・コッホ:学校遊戯の教育的価値―督学官グラーヴェンホルスト氏の依頼による報告―
現代スポーツ研究 ( 9 ) 73-87 2009年9月
バスケットボールの実践報告にみる「教科内容」の検討―「技能学習」から「戦術学習」へ―
田中しのぶ, 村田洋介
弘前大学教育学部研究紀要クロスロード ( 13 ) 21-29 2009年3月
世紀転換期(19-20世紀)のドイツにおける「トゥルネン=スポーツ」抗争の対立軸としての身体―大衆社会の登場とシンボル―
弘前大学教育学部研究紀要 ( 101 ) 91-107 2009年3月
「楽しい体育」論の可能性と課題―近代公教育制度の隘路―
弘前大学教育学部研究紀要クロスロード ( 12 ) 43-59 2008年3月
カール・ディームの「スポーツ教育」論にみる「身体」と「権力」
弘前大学教育学部紀要 ( 99 ) 87-105 2008年3月
近代ドイツのトゥルネンにみる「身体」と「権力」
弘前大学教育学部紀要 ( 98 ) 45-58 2007年10月
体育的身体論の課題と展望―個・身体・社会―
弘前大学教育学部紀要 ( 98 ) 31-44 2007年10月
「佐々木健太郎」研究の検討―「再解釈」のための予備的考察―
スポーツ教育学研究 27 ( 1 ) 1-19 2007年8月
「身体の教育」論の射程―佐々木健太郎「体育の子」の再解釈―
体育・スポーツ哲学研究 29 ( 1 ) 47-66 2007年5月
佐藤学の学校改革論にみる学校体育の可能性と課題―体育授業実践の再解釈―
体育哲学研究 ( 37 ) 19-34 2007年3月
短距離走の典型教材にみる教科内容―体育は何を教える教科か?―
弘前大学教育学部研究紀要クロスロード ( 11 ) 27-38 2007年3月
佐藤学の学校改革論における「学び」と「身体」―「体育」から「身体教育」へ―
弘前大学教育学部研究紀要クロスロード ( 11 ) 11-25 2007年3月
運動文化論にみる「協同学習」―実践研究の検討を中心に―
弘前大学教育学部研究紀要クロスロード ( 10 ) 45-52 2006年3月
学校体育論における「協同学習」論の批判的検討―身体教育による可能性を求めて―
体育哲学研究 ( 36 ) 43-55 2006年3月
体育原理領域の科学的成果に学ぶ―佐藤臣彦『身体教育を哲学する』を中心に―
たのしい体育・スポーツ ( 4 ) 42-43 2004年4月
日本人のスポーツ観と批評性―虫明亜呂無と金子達仁―
スポーツ評論 ( 8 ) 168-177 2003年5月
オモ・グルーペのスポーツ教育論にみる制度的戦略―現代思想からの視線―
日本体育大学紀要 30 ( 1 ) 1-12 2000年9月
オモ・グルーペ著『人間諸科学における身体性の理論の起点』(Ⅰ)
体育思想研究 ( 2 ) 67-99 1997年3月
教育における身体知研究序説
樋口聡, 王水泉,釜崎太( 担当: 共著 範囲: 第六章 ドレイファスの人工知能批判と身体教育)
創文企画 2017年10月
スポーツの世界地図
( 担当: 共著)
丸善出版 2012年5月
教養としての体育原理
友添秀則, 岡出美則( 担当: 共著)
大修館書店 2005年5月
ドイツの市民社会とスポーツ―非営利法人の役割と歴史的背景―
宮本真也(明治大学教授),グンター・ケバウァ(ベルリン自由大学教授),ユルゲン・ミッターク(ドイツスポーツ大学ケルン)
第9回スポーツ言語学会 2023年2月 スポーツ言語学会
FCバイエルンの歴史家論争とウルトラスに見る市民的公共性―「暴力の表象空間」あるいは「闘いのアリーナ」としてのスタジアムー
日本体育・スポーツ哲学会第44回大会 2022年8月 日本体育・スポーツ哲学会
ドイツの市民社会とブンデスリー ガ―スポーツクラブのなかの自律・連帯・ 正義― 招待 国際共著
フーベルトゥス・ヘス・グルーネヴァルト(SV ヴェルダー・ブレーメン),田中ひかる(明治大学)
日本体育・スポーツ哲学会第43回大会シンポジウム報告 2021年8月 日本体育・スポーツ哲学会
テクノロジー化による「ス ポーツの条件」の変容―共通世界の喪失と 公的領域の役割― 招待
上林功(追手門大学),樋口聡(広島大学),田井健太郎(群馬大学)
日本体育・スポーツ哲学会第42回大会シンポジウム 2020年11月 日本体育・スポーツ哲学会
ブンデスリーガにみる市民オーナーシップ-非営利法人としてのフェラインと『50+1ルール』- 招待
日本スポーツ産業学会 2018年7月 日本スポーツ産業学会
身体の『規律訓練』権力と『自己への配慮』-フーコー・モッセ・シュスターマン- 招待
日本体育学会第68回大会体育哲学専門領域 2017年8月 日本体育学会体育哲学専門領域
ドイツのスポーツ文化とカール・ディーム 招待
日本体育学会第67回大会 2016年8月 日本体育学会
コンラート・コッホのスポーツ教育論とFußball(フースバル)の誕生―ドイツサッカーの父(?)の虚像と実像― 招待
日本体育学会第66回大会体育哲学専門領域 2015年8月 日本体育学会体育哲学専門領域
日本における体育哲学の研究動向―身体感性論を中心に― 招待 国際会議
韓国体育学会大会 2015年7月 韓国体育学会
「海外スポーツ交流」に考える市民スポーツの課題―地域スポーツクラブの取り組みから―
藤田豊(元鹿島アントラーズ), 森川貞夫(日本体育大学名誉教授), 小出利一(群馬県総合型地域スポーツクラブ連絡協議会会長), 小幡忠義(塩釜フットボールクラブ理事長)
2012年10月 日本市民スポーツ海外交流協会・スポーツ政策研究会・科学研究費補助金
身体知研究の現在
田中彰吾(東海大学),生田久美子(田園調布学園大学),樋口聡(広島大学)
第63回日本体育学会 2012年8月 日本体育学会
体育原理論の系譜―技術的実践から反省的実践へ―
第34会日本体育・スポーツ哲学会 2012年8月 日本・体育スポーツ哲学会
反省的実践家としての教師と身体知―ドナルド・ショーン『The Reflective Practitioner』を読む―
日本体育学会・体育哲学専門領域定例研究会 2012年5月 日本体育学会・体育哲学専門領域
思想としての「広島」オリンピック―もうひとつの平和運動をひらく「痕跡たち」―
第61回日本体育学会 2010年9月
スポーツ文化論の現在―近代ドイツの文化抗争の分析を事例として―
立正大学社会福祉学会 2009年11月
体育研究の魅力:私の「研究経歴」と「教員養成学」をもとに
第60回日本体育学会 2009年8月
1936年ベルリン・オリンピックへの道―「トゥルネン=スポーツ」抗争とCarl Diem―
第60回日本体育学会 2009年8月
<広島>高等師範学校における近代「体育」観の形成
第60回日本体育学会 2009年8月
体育研究の魅力―私の『研究経歴』と『教員養成学』をもとに― 招待
日本体育学会第60回記念大会大学院生・若手研究者セミナー 2009年8月 日本体育学会
〈広島〉の近代体育の形成と展開―身体教育の可能性を探る― 招待
日本体育学会第60回記念大会体育哲学専門領域 2009年8月 日本体育学会
弘前大学教育学部の教員養成学はどのようにみられているか―ムーブメントとしての可能性と課題
教員養成学シンポジウム 2009年2月
弘前大学の教員養成学はどのようにみられているか 招待
第四回教員養成学記念シンポジウム 2009年 弘前大学教育学部教員養成学センター
教員養成学における「身体教育」の可能性と課題―「反省的実践家」と「アクション・リサーチ」の問題を中心に―
日本体育学会・体育哲学専門分科会 2008年12月
世紀転換期(19-20世紀)のドイツにおける文化抗争の対立軸―近代オリンピック大会(1896-1916年)への参加をめぐって
第59回日本体育学会 2008年9月
「トゥルネン=スポーツ」抗争にみる近代ドイツの社会変容―社交的競争と大衆社会―
第30回日本体育・スポーツ哲学会 2008年9月
コンラート・コッホの遊戯運動にみる「スポーツ教育」論―「トゥルネン≒スポーツ」抗争の視点から―
第58回日本体育学会 2007年9月
マルチノ・カタリニウム・ギムナジウムの遊戯運動―コンラート・コッホ「学校遊戯の教育的価値」を読む―
日本体育学会・体育哲学専門分科会 2007年7月
学校体育論にみる「身体」の問題―「身体の教育」論再考―
日本体育学会・体育哲学専門分科会 2006年6月
学校体育論にみる「協同学習」―運動文化論の「到達点」と「課題」―
日本体育学会・体育哲学専門分科会 2005年12月
トゥルネン―スポーツ抗争とコンラート・コッホ―近代ドイツにおけるサッカーの受容過程―
日本体育学会・体育哲学専門分科会 2004年12月
オモ・グルーペのスポーツ教育論における「身体性の理論」の位置付け
日本スポーツ教育学会第20回国際記念大会 2001年9月
オモ・グルーペの体育論における身体の位置付け―世界関係と自然本性の問題―
第49回日本体育学会 1997年10月
オモ・グルーペの体育論における「身体」の位置づけ―「身体性の理論」研究序説―
日本体育学会体育原理専門分科会 1997年9月
「フットボール」『イギリス文化事典』
2014年11月
弘前大学附属中学校 公開研究会 みんなで協力して50m走の記録更新を目指そう―「田植えライン」による「謎の地点」の発見と克服―
2006年4月
日本体育・スポーツ哲学会・学会賞
2021年 日本体育・スポーツ哲学会
日本体育学会・浅田隆夫学術奨励賞
2011年9月
日本スポーツ教育学会・学会賞
2008年10月
ドイツの市民社会とスポーツクラブ
2021年4月 - 2022年3月
担当区分:研究代表者
ドイツにおけるサッカーの定着過程に見る非営利法人の社会的機能
研究課題/領域番号:20K11399 2020年 - 2023年
日本学術振興会 基盤研究C 基盤研究(C)
釜崎 太
担当区分:研究代表者
配分額:4420000円 ( 直接経費:3400000円 、 間接経費:1020000円 )
今年度は,現代ドイツにおける非営利法人の社会的機能について明らかにした。
現代においては,国や自治体だけではなく,企業や地域住民にも公的な課題への貢献が期待されている。ドイツでは,非営利法人が共的セクターとなって,自治体,企業,地域住民と連携し,公的な課題に取り組む事例が見られる。
ここで対象としている非営利法人は,ドイツのVereinである。Vereinは,法体系からは「社団」と訳される。しかし,スポーツクラブを運営するVereinが公的優遇を受ける登記法人(eingetragener Verein)であり,特にスポーツ関係者にとっては,市場経済に対抗しつつ公益性を担保する自治的集団として意識されていることを重視する立場から「非営利法人」と規定している。
ドイツにおいて非営利法人が運営するスポーツクラブが急増する1960年代以降,非営利法人をひとつのセクターとしながら数多くの社会運動が展開され,対抗文化圏が形成されていく。特に空き屋占拠運動で知られるアウトノーメは,FCザンクトパウリを動かし,反商業主義と反人種主義の運動を象徴するプロサッカークラブ(を一部門とする総合型地域スポーツクラブ)を生み出す。その一方で,90年代後半,プロサッカークラブの企業化が認められたブンデスリーガにおいては,非営利法人の議決権を保護する「50+1ルール」が定められ,プロサッカークラブ(企業)によるファンの獲得が,総合型地域スポーツクラブ(非営利法人)の資金を生み出す仕組みがつくられると同時に,非営利法人を軸とする市民社会のもとで,多様な地域課題への取り組みが実現されてきたのである。
このような非営利法人の現代的な機能の成立を歴史的にさかのぼって探究することが今年度の課題となる。
20世紀前半のドイツ・スポーツ「フェライン」における公共性と民族性
2018年4月
明治大学人文科学研究所 新領域創成研究
暴力の表象空間
2018年4月
明治大学人文科学研究所 総合研究第2種
岡本和子
反省的実践にみる身体教育の可能性-体育の再定義と教師教育への応用的展開
研究課題/領域番号:26350732 2014年4月 - 2018年3月
日本学術振興会 科学研究費助成事業 科学研究費補助金基盤研究(C)
釜崎 太
担当区分:研究代表者
配分額:5920000円 ( 直接経費:4810000円 、 間接経費:1110000円 )
現代における学校教育の大きな問題点は、科学的な教育プログラムや教育計画に重点がおかれることで、教師と子どもたちの人間関係が希薄化している点にある。さらには、電子メディアの発達やポピュラー・カルチャーによる高揚感の広がりによって、教師と子どもたちの身体からアクチャアリティが喪失される傾向もある。
本研究では、教師と子どもたちが自らの身体を取り戻し、現実感のある「知」を身につけるための教育として、教師と子どもたちが身体的な体験の次元で反省的思考を深め合う「反省的実践」と、身体的存在としての自己を反省する「自己への配慮」という身体教育の可能性があることを明らかにした。
近代ドイツ・ブラウンシュヴァイクの「遊戯運動」に関する研究
研究課題/領域番号:22700628 2010年4月 - 2013年3月
日本学術振興会 若手研究 (B) 若手研究(B)
釜崎 太
配分額:4030000円 ( 直接経費:3100000円 、 間接経費:930000円 )
トゥルネン(ドイツ体操)の信奉者たちがスポーツを外国文化として排撃していた19世紀後半のドイツにおいて,ブラウンシュヴァイクでは,ドイツ土着の遊戯を復興させようとする取り組みのなかで,スポーツの組織的な活動が開始された。
本研究では,一方では,ブラウンシュヴァイクの遊戯運動の展開過程において,はじめて「Fussball(サッカー)」に関するドイツ語の専門用語が発明されるなど,スポーツの定着・普及のための基盤が整備されたこと,しかし他方では,その運動を担っていた教養市民層の政治的・経済的な脆弱性のゆえに,スポーツが第一次大戦前の国家主義に取り込まれていったことを明らかにした。
近代ドイツにおけるサッカークラブの成立過程に関する研究
研究課題/領域番号:18700502 2006年4月 - 2008年3月
日本学術振興会 若手研究 (B) 若手研究(B)
釜崎 太
配分額:2900000円 ( 直接経費:2600000円 、 間接経費:300000円 )
本研究では、ブラウンシュヴァイク地方マルチノ・カタリニウム高校(ギムナジウム)の遊戯運動(遊戯を広めるためのムーブメント)にひとつの焦点をあて、1870年代から世紀転換期までのドイツにおけるサッカークラブの形成過程について検討した。その結果、サッカークラブの形成過程には、
(1)19世紀初頭に形成された体操クラブにサッカーが位置づけられる過程、
(2)学校のサッカークラブが地域の祝祭に取り込まれながら地域クラブとして確立される過程の二つがあったものの、現在の「総合型地域スポーツクラブ」にみられる公共性の全面展開は、世紀転換期以後をまたなければならなかったことを明らかにした。
現代日本における学校と地域の連携に関する研究
2003年4月 - 2004年3月
ドイツスポーツ大学ケルンにおけるスポーツ教育の理論と実際
2001年4月 - 2002年3月
ランニングの世界・友の会
2011年4月
日本市民スポーツ海外交流会
2011年4月